新橋駅の地下に幻の新橋駅がある。これは鉄道ファンには有名なトリビアの1つ。その理由は、
浅草~新橋間の地下鉄を建設していた東京地下鉄道が、同じく渋谷~新橋間の地下鉄を建設していた東京高速鉄道の直通を拒んだため。東京高速鉄道は仮の自社駅として新橋駅を作った。その後、東京高速鉄道の五島慶太は東京地下鉄を買収し、東京地下鉄の早川徳次を追放して直通に成功した。だから東京高速鉄道の新橋駅は僅かな営業期間の後に廃止され、幻の駅になった。旧新橋駅は現在、倉庫などに使われており、一般公開はめったに行われない。
という話。多くの文献に紹介されているし、東京メトロもそんな風に紹介していた気がする。私もこの説に沿ってコラムを書いた気がするけど、鉄道トリビアにはなかった。ウラが取れなかったか、東京メトロに取材させてもらおうと思ったら断られたんだっけ? 知れば知るほど面白い鉄道雑学157に書いたかな?
しかし、本書「戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団」の著者、元東京メトロ広報担当だった枝久保達也さんは幻の新橋駅を見て疑問を持った。「仮駅にしては立派すぎる。そもそも地下に仮の駅なんて作るだろうか」と。ここから彼の歴史探訪の旅が始まる。膨大な文献、正史をたどり「幻の駅ではなく、直通運転にとっても必要な駅だった」と解き明かす。
これは鉄道ファンや近代史研究者にとって大きな知見だ。かつて地理学者の青木栄一先生が著した「鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町」を想起する。いままで鉄道トリビアとして騙られた話の真実が明らかになった。
後半の戦中戦後編も生々しい。そして現在、東京メトロと東京都営地下鉄がしっくりしない理由もわかる。「戦時下の地下鉄」は単なる調査記録論文ではない。日本の地下鉄創世記をドラマチックに描く。私は資料として購入し、そのうちネタの参考にするかもな……なんて思っていたけれど、読み進めていくうちに物語に引き込まれ、ついに最初から最後まで読み通した。そうだな、感覚としてはミステリー小説のようにワクワクしながら読んだ。こんなに熱心に鉄道本を読むんて久しぶりだ。
小刻みな休憩で、だいたい1か月かかって読んだ。
次は東野圭吾さんの文庫新刊「魔力の胎動」です。